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音楽劇マリウスにおけるプティの存在意義とは

七五三掛龍也くんが大好きなジャニヲタなので、音楽劇マリウスにおいて七五三掛龍也くんが演じたプティの存在意義について考えたいと思います。IQと偏差値がとても低いので、「ハァ?こいつ頭悪いんじゃね?」って思うことがあったらTwitterに鍵かけてわたしに見えないところで呟いといてください。

 

ちなみにわたしはオタク業界用語で言う「設定厨」であり「考察厨」です。やばいアレです。めんどくさいアレです。


音楽劇マリウスのあらすじを聞かれ、めちゃくちゃ端的に説明したものがこちらです。

微妙にケチつけられたりもしましたけど大体こうです。読んでもらった方はきっとこう思ったと思います。

 

「え?プティは?」

 

そう。私もびっくりしました。あらすじ書いてたらまぁプティが出てこねぇ。リツイート先でも「しめちゃんどこいった」って言われてました。七五三掛龍也ファンが書いてるあらすじに七五三掛龍也演じるプティが出てこない。こんなことがあっていいのか。

 

でも思い返せば当然でした。なぜならこの話の中心人物は主人公マリウス、ヒロインファニー、マリウスの父セガール、ファニーの母オノリーヌ、最後の最後で超重要人物となるやもめであるパニスだからです。どうでもいいんですが、偏差値が3なので「やもめ」ってセリフが出てきたときに「やもめ…やもめ?」ってなりました。話の流れで「あぁ奥さんと死別した男性のことをそういうのか」って思いました。その程度の人間が書いている考察なのであてにしないでください。でも絶対七五三掛龍也くんだって台本読んだ時に「やもめって何?」って思ったと思うよ!

 

話がそれましたがとりあえず「マリウスとファニーの、夢と愛の間で揺れるラブストーリー」というメインテーマはこの5人がいれば成立します。話を極限までシンプルにすればこの5人だけで成り立ちます。しかし演劇舞台は最低限のストーリーだけ見せればいいってもんじゃありません。まぁ舞台って好きなジャニーズが出てるのを数回見たことあるだけだし、ジャニーズ制作の舞台は他の舞台と一緒に考えてはいけない別次元ものだと思うので完全に知ったかぶりで言ってますけど。

 

ストーリーを説明したり発展させたりする役回りとしてエスカルトフィグ船長、ブラン氏、ボースン、ピコアゾー、クロディーヌ、郵便配達員がいます。彼らがメインストーリーに肉付けをしてより見応えのあるストーリーに仕上げていきます。

そしてまたここまで読んでくださった方はこう思ったと思います。

 

「で!?プティは!?」

 

そうです!プティはここにも出てきません!なぜか?はっきり言います。ストーリー展開のことだけを考えたらプティはまじで必要ない。ストーリー展開上、プティにはなんの役割もありません。役名が「郵便配達」の彼ですらしっかりと役割があるのに!

 

プティはまず一人で出てくることは殆どありません。常に自分の親代わりであり上司であるエスカルトフィグ船長と一緒に出てきます。常に一緒にいます。腰巾着のように一緒にいます。やだ可愛い腰巾着にして七五三掛龍也くんぶら下げときたくない?

 

また話が逸れてしまったんですけど。

 

エスカルトフィグ船長とマリウスやファニーやセガールやその他もろもろとのやり取りを、シトロンやらビールやら飲みながら時にニコニコ、時にびくびく、時にえろくっていってるのはまぁわたしだけっぽいんですけどそんな感じで見守ってます。時折話を振られて生い立ちを話したり好きな女の子について話したり歌ったりしますが、基本的にすべてストーリーには影響しない台詞ばかりです。歌も。あとやたら女といちゃついてる。すぐにいちゃつく。おいおいお前ら本当になにもしてないんだろうな?言葉が通じないなら体でコミュニケーション取るしかないんじゃないの?え?

 

それは冗談として、エスカルトフィグ船長さえいればストーリー展開上は一切問題ありません。原作ではもしかしたらもっと出番もあるのかもしれないけれど。

 

しかしそこはこの七五三掛龍也大好きオタクババァ、黙っているわけにはいきません。せっかくの七五三掛龍也くんの人生初外部舞台!しかもJr.からはたった一人!しかもソロまでもらった!そんな舞台を「…プティ、いる?」で終わらせたくはない!設定厨と考察厨の脳が火を噴きます。ちなみに私の設定厨脳と考察厨脳は自分の都合のいいように解釈するように働きます。

 

まず七五三掛龍也くんは事前のインタビューでプティの存在意義について「若さ」だと語っています。そう、プティは若い。登場人物の中で一番若い。プティが思いを寄せるニャちゃんが何歳なのかはわからないけど彼女は殆どセリフがないのでとりあえず置いておこう。19歳のファニーよりおそらく年下で、好きな女の子をデートに誘えてお酒も飲める年齢なので15~18歳くらい?

 

「若い」とはどういうことかというと、「他の登場人物はみんなその年齢だったことがある」ということです。マリウスもファニーも、みんなその年齢だった。大人はみんな昔は子供だったんです。

 

プティは花売りでベトナム人のニャちゃんに恋をしています。そのことをエスカルトフィグ船長にばらされ恥ずかしがって顔を覆ってしまうくらいニャちゃんのことが大好きです。しかも素直。「うっせーよジジィ!そんなんじゃねぇよ!」とか言わない。いい子。すげぇな。

 

プティの愛情表現は真っ直ぐで、言葉の通じないニャちゃんのために自分が言葉を勉強します。とくに「あなたが好きです」の言葉はいろんな国の言語で言えるように勉強しました。いやお前覚えなきゃいけないのはベトナム語だけなんだよ!落ち着いて!恋のテンションヤベェ!思春期の恋のテンションヤベェ!その労力でベトナム語の違う単語覚えろや!とは思うんですがとにかく「ニャちゃん好き!好き!大好き!」の気持ちをその場所いっぱいにふりまきます。歌で。「好きな気持ちがバレたらどうしよう…」とかない。「え?好きなのになんで隠さなきゃいけないの?言いたい時が言うべき時!」くらいの勢い。プティくんは現代日本だったら、同じクラスの彼女に「付き合ってる事みんなには内緒にしたい」って言われて「え?なんで?別に悪いことしてなくね?意味わかんないんだけど」って言っちゃうタイプ。良かったね1931年フランスマルセーユで。

 

若さあふれる恋愛をするプティ。プティにアピールされ楽しそうにデートをするニャ。そんな二人をマルセーユの人は楽しそうに見ています(この部分は七五三掛龍也オタクの思い込み)マリウスもファニーも。

 

生まれ持った性質の違いはあれど、マリウスにもファニーにも、そしてセガールにもオノリーヌにも、その他たくさんの大人たちにも、そんな風に恋に真っ直ぐに向き合えていた時がきっとあったのだと思います。

 

しかし残念なことに人はどんどんと歳を重ねていきます。時の流れにはあらがえません。年を重ねるということは経験を積むということです。経験は人によっては今いる場所から動けなくなる足かせとなり、人によっては今いる場所から飛び出す翼になります。あれこれちょっと上手いこと言ってない?飛び出す翼とか上手いこと言ってない?

 

マリウスはマルセーユを飛び出し航海をして世界を見ることへの憧れを日に日に強くします。そしてそのことに誰よりも気付いているのはファニーです。ファニーはずっとマリウスにはマルセーユにいて欲しいと願っています。マリウス自身もマルセーユを嫌っているわけではありません。むしろ愛している土地ですが、外の世界を自分の目で見てみたいという好奇心を、ファニーのため、父セガールのために抑えるのが難しくなっていきます。

 

片やプティはマルセーユを出ようとはこれっぽちも思っていません。それどころか仕事を変える気すらありません。お客さんがほとんどいない流行らない往復船の火夫として、ずっと働いていく気でいます。せめて給料いいところに転職しようプティ。

 

結果としてマリウスとファニーは別れることを選び、残されたファニーはすったもんだあるのですが、とりあえずこの記事の趣旨には関係がないのでほっときます。

 

マリウスとファニーカップル、プティとニャカップルは対比の関係にあるのではないでしょうか。素直になれず恋人にならずにここまで成長してしまったマリウスとファニー。素直に気持ちをぶつけてサクサク恋人としてステップアップしていくプティとニャ。素直になれない期間にお互い成長しすぎてしまったマリウスとファニー。ずっと幼いままでいられたら、特に何の問題も起きずにずーっと一緒にいられたのだと思います。

 

プティとニャはマリウスとファニーにとって「かつて確実に存在した自分たち」であり、そして「二度と戻れない自分たち」であり、「なりたかった自分たち」なのかもしれません。ぼんやりと「航海してみたいなぁ」くらいの気持ちでいたころの幼いマリウスと、ただマリウスのことが好きだったファニー。

 

時の流れは止められません。人は過去には二度と戻れません。それでも生きていくしかない。未来は誰にもわかりません。

 

マリウスと対比してそんなことを教えてくれるために、そして「若さ」という絶対的な強さと眩しさと少しの愚かさを表現するために、プティは存在するのではないでしょうか。その若さゆえの少しの愚かさもまた、マリウス達には輝いて見えるのだと思います。喉から手が出るほど欲しくても絶対に手に入らない。

 

後悔は大きな経験の一つになります。これは完全なるわたしの持論ですが、後悔のない人生なんて存在しないと思います。過去の後悔がなければなにも学べないし人生は楽しくならない。本音を言うといつもいつもうまくいってほしいし後悔なんか何もしたくないけど!人生上手くいかないことばっかりだなほんと!


マリウスを見たことのないのにこれを読んでしまった人、そして今後マリウスを見る予定の方はは気を付けてください。たぶん「えっ!?プティこれしか出番ないのに、あいつあそこまで脳内補完したの!?」って思います。凄いんだって。オタクの脳みそは凄いんだって。

 

結論:音楽劇マリウスにおいてプティはマリウスとの対比として重要な役割があるしそんなプティの役を七五三掛龍也くんにくださった方は家の方角を教えてくれ。足向けて寝ないようにするから。

 

ところで「プティ」は「Petit」で、日本でよく小さいとか少しとかの意味でつかわれる「プチ」です。人名としても使われているようですが、もしかしたらエスカルトフィグ船長が拾った子供のことを「Petit(おちびちゃん的な)」と呼んでそれが定着したのかもしれないですね。そう考えると、マリウスも昔はマルセイユの大人たちの「Petit」だったのかもしれません。

 

プティもいつかマリウスになるかもしれないね!