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音楽劇マリウスのプティのえろさについて


※それっぽい言葉を並べてまるで自分の意見が正しいかのように書いていますが、早い話が「七五三掛龍也くん顔が可愛くて体がえろくて好き」ってだけのこじつけです。


音楽劇マリウスで七五三掛龍也くんが演じているプティはえろい。めっちゃえろい。どんくらいえろいかっていうと、プティのえろさについて考えていたら仕事も手につかなくなり、ぼんやりしてたら手元の書類に思いっきり紅茶をこぼし「ドゥフwwwwwすんませんwwwwwちょっと考えごとしててwwwwwドゥフフフwwwww」ってなって上司に怪訝な顔で見られるくらいにえろいです。ちなみに少し古い本になりますが、「新しい単位」という本の中で「エロチシズムの単位はドンキ(Dnk)」と定義されていまして(激安の殿堂ドン・キホーテにどことなく感じるいかがわしさを1Dnkとする)、それでいくとプティ掛龍也くんのエロさは300000000000000Dnkくらいです。


しかし私は気付いてしまいました。


「プティのことえろいって言ってんの少数派じゃね?」


プティへの、そしてプティを演じる七五三掛龍也くんへの褒め言葉の多くは「可愛い」だということに気付きました。Jr.担とかジャニヲタとか関係なく色んな人がマリウスについてたくさんの感想を書いていると思いますが、そのなかでも圧倒的な「可愛い」率。可愛いシェア率ナンバーワンのプティ掛龍也。生姜における高知県かよ。あと可愛いのはだいぶ前からしってた!まず顔が可愛いからな!


音楽劇マリウスは全体的に、ライトな下ネタがたくさん飛び交います。あくまでかるーいものであり、この程度で「下ネタやめて!」とかいう女いたら本当にクッソめんどくせーだろーなくらいのものです。そもそも子供が出来た出来ないが話の核心になってきますし、そりゃやることやってなきゃ子供もできないので当然と言えば当然なんですけど。


しかしプティがステージ上にいる時はそんなライトな下ネタもさっぱり出てきません。キモヲタババァなので「えっ、こんな下ネタだらけの中、プティ掛くんはどんな表情するのかな!?!?!?!?!?早く出てきて!!!!!!!!!!」と思ったのにプティと下ネタが切り離されすぎていて少しがっかりしました(あくまで私の煩悩の話なので、作品を批判しているわけではありません)


性衝動とはかけ離れた存在として描かれるプティ。私は夢見ることも忘れた捻くれババァなので、「この年齢の男の子が性衝動なしで恋愛するわけねぇだろ現代みたいにいつでもどこでもエロ画像エロ動画見れるわけじゃねぇんだから絶対オカズにしてんだろ」くらいのことは思ってしまうんですけど。いやあのプティくんがそういうことしてると思うと興奮しません?


話が「キモヲタババァの煩悩について」に変わってしまいそうなのでここで止めておきますが、とにかくプティは「僕はなーんにもしらない男の子!あの雲はきっとわたあめでできているんだよね♡」とか言い出すマスコットキャラクターのようにステージでキラキラを噴出させています。金粉詰めたビールサーバー背負って大放出させてんじゃねぇかってくらいキラキラしています。サンリオキャラクターもびっくりです(直前にシナモロール展を見た)


ではわたしはなぜ、プティ掛龍也くんにこんなにもエロチシズムを感じてしまうのか?答えは簡単ですね。基本的にいつもいやらしい目で七五三掛龍也くんを見ているからです。アイドルってすごい。例えばわたしが職場の21歳の男の子に対して「いつもいやらしい目で見ています」と言ったら完全にセクハラですし懲戒ものですけど、アイドルに対してなら「いつもいやらしい目で見ています!」とインターネットという公共の場に垂れ流してもとくに問題にはならない。凄い。


プティはなぜえろいのか。それは、見ているこっちがいやらしい目で見ているから。結論はこれなんですけど、それで終わらせるのもちょっと寂しいので、わたしがプティくんに感じるエロさについて少し書いてみたいと思います。

まずプティくんのえろさはもちろん直接的なエロさではありません。


七五三掛龍也くんはジャニーズJr.として踊っている時には「今のオレエロいからよく見とけよ?」といった表情や動きをしているときもあります。口の片側だけを上げて笑ったり。顔のポジションを、敢えて首筋がよく出るようなものにしたり。そういったものは七五三掛龍也くんの「直接的なえろさ」にあたると思います。ジャニーズオールスターズアイランドでは藤ヶ谷太輔くんのバックでエロいダンスができるのが嬉しいとも言っていましたし(言ってたよね?)、彼の中での「エロ」は肌露出や性を感じさせる動きや表情などの「直接的なエロさ」なんだと思います。若いっすね!


それに引き換え、前述したようにプティは性とは切り離されています。誰に対しても人懐っこく、あどけなく、周囲皆に愛を振りまくプティくん。おいおいアイドルの鏡だな。そうプティくんはマルセーユのアイドルです。まぁ適当にこの辺は書いてるので読み流してください。


恐らくこの役を演じているときの七五三掛龍也くんは自分が思い描く「エロ」は一切封じているのではないでしょうか。純粋で可愛いくて恋と仕事に一生懸命なプティ。直接的なエロは出てくる隙もありません。


しかし世の中には「直接的なエロ」ではないものにエロチシズムを感じてしまう人種もいます。服を着ているとなおエロい。そういう感覚も確かに存在するのです。


七五三掛龍也演じるプティのえろさは「清廉なえろさ」です。本人にその気はなく、服をちゃんと着ていて性から切り離されているのにもかかわらず醸し出されるえろさ。デコルテ広めに空いた服を着ているのでそこは直接的なエロかもしれませんが、基本的には清廉です。どうでもいいんですけど石炭扱う=火を扱う仕事であんなにデコルテあいてたら危険じゃないんか。火の粉になっておばちゃん飛び込んでいっちゃうぞッ!!!!!



大変申し訳ありませんでした。



前の記事でも書きましたが、プティは若いです。ファニーより年下だと思われるので、おそらく18歳以下だと思われます。そしてそれを演じる七五三掛龍也くんもまだ21歳。身長も低くかなりの童顔です。七五三掛龍也演じるプティのえろさは、このプティと七五三掛龍也くんの年齢にも大きく関係しているのではないでしょうか。


プティは「少年」であり、「少年」は古くから性的に魅力的だと考えられてきました。どこでだよって思う人はwikipedia少年愛とか少年性愛とかそういうもので検索してくれ。このブログはあくまで一人のジャニヲタが思ったことをだらだらと書いているだけなので、史実に基づこうとか全然思ってません。


少年にしろ少女にしろ、思春期前後の子供が放つ色香、そしてそれに惑わされる大人たちという構図は芸術作品にすらなっています。「ロリータコンプレックス」や「ロリータファッション」の語源にもなっているウラジーミル・ナボコフの小説「ロリータ」が代表的です。ロリータは官能的で自由奔放で小悪魔のように大人を振り回す魅力のある少女アイドルたちの総称「フレンチ・ロリータ」という言葉の語源にもなります。そう!ここで繋がった!はい繋がった!フレンチ!プティくんはフランス人!そしてマルセーユの大人たちのアイドル!「フレンチ・ロリータ」は1950年代後半からの言葉ですが、1931年フランスマルセーユにおいて、既にプティくんはフレンチ・ロリータを体現していたのです!


適当に書き始めてここに着地させたわたしを誰か褒めて欲しい。


フレンチ・ロリータの元祖とされる女優、ブリジット・バルドーについてwikipediaでは「強烈で開放的なヌード、分厚くぽってりとした子供のような、しかし官能性を帯びた誘惑的な唇、自由闊達さ、道徳にとらわれない大胆な行動、BB(赤ん坊)と呼ばれながら小悪魔的に男性を振り回す」と表記されています。やばくない?もう七五三掛龍也くんじゃない?とくに「分厚くぽってりとした子供のような、しかし官能性を帯びた誘惑的な唇」「自由闊達さ」「大胆な行動」「BB(赤ん坊)と呼ばれながら小悪魔的に男性を振り回す」あたり完全に七五三掛龍也くんじゃない?和製ブリジット・バルドーといえば月曜日のユカの頃のの加賀まりこさんですが、現代では「和製ブリジット・バルドー、七五三掛龍也」でいいんじゃないかと思えるくらい七五三掛龍也くんじゃない?もう七五三掛龍也くんのあの唇のことをロリータリップって呼びたい。


そんな七五三掛龍也くんがえろさをぐっと抑えて性衝動を一切見せないプティくんを演じている。これが「清廉なえろ」じゃなくてなんなのかっていう話です。えろい。とにかくえろい。やばい。無邪気なかわいらしさの中に影を潜めて、しかし確かに存在するえろさ。やばい。えろい。そのえろさに1931年マルセーユの人々が気付いていないはずがない。やばい。えろい。2017年東京日生劇場に降り立ったフレンチ・ロリータ、プティ掛龍也。


そしてここが重要なところなんですけど、ロリータ的な魅力はとても儚いものです。なぜなら人間は成長するから。「ロリータ」としてもてはやしてもらえる年齢は一生の中でとても短い。


人間は成長し、成長はいずれ老化となります。肌のキメが粗くなって皺が増えて脂肪がついて筋力が衰えてたるんでいきます。勿論、その老化すらも円熟味としてその時その時で常にセクシーで魅力的な方は男女問わずいます。40代50代でもそれ以上でも、かっこいい人はかっこいいしセクシーな人はセクシー。それは間違いありません。


けれどそれは、絶対に「ロリータ的なえろさ」ではないんです。清廉なえろさではなくなってきてしまう。「色々と経験してきたエロさ、セクシーさ」になり、その「色々と経験してきた」は「性的行為」も多分に含まれます。最近ヌードが話題になったセクシーな30代俳優である高橋一生が童貞だったら嫌じゃないですか。好きな女の子がいるんだよな~って言われて顔を手で覆ってたら嫌じゃないですか。


もちろん七五三掛龍也くん自身すでに色々とご経験はなさっているでしょう。そこらのジャニヲタだって色々経験してるのにあの顔とあの体をもつ七五三掛龍也くんがなにも経験してないわけねーだろ経験してなかったらとしたらそれは世界が間違ってんだろってことになります。普段の七五三掛龍也くんは全然「女の人のことなんかなんにも知らないよぉ><」ってタイプではありません。


白くて細くて、肌の質感なんかも水分量多そうでしっとりしてそうで、筋肉はあるのに柔らかそうで、顔立ちはあどけなさが残っていて童顔で、でも何も経験してきていないわけではない七五三掛龍也くんが、「女の人のことなんかなんにも知らないよぉ><僕は石炭と美味しいシトロンのことしか知らないの!でもニャちゃん気になるしデートしたいなぁ…」って言い出しそうな、子供~少年~青年の過渡期であるプティくんを演じることによって、とんでもねぇえろさが生まれているわけです。なんだろう!触っちゃいけないような(いや触っちゃいけないんだけど)、すぐに壊れちゃうような、でも一人でなんでもやっちゃうような危ういえろさ。やばい。好き。


少年少女の独特な性的魅力、ロリータ的魅力はとても儚い。このえろさは一年後にはもう出ないかもしれないんです。例えば再演になったとしても、その頃にはもう七五三掛龍也くんの顔はもっと大人っぽく男らしくなっているかもしれないんですよ。そうしたらもう今の「清廉で危うくてえろいプティ」は見られないんですよ。儚い。やばい。今のプティ掛龍也には今しか出会えない。


そう考えるともう、あれじゃん。「観に行く」しかないじゃん。行くよね。行く。


いま、この時しか見られない七五三掛龍也が演じる「清廉で危うくてえろいプティ」、なんとチケットまだ手に入っちゃいます!B席なら4000円で見れちゃいます!お得!Jr.祭より安い!あっ、あと18日昼公演分いま手元で2枚余らせてます!S席!


もう観に行くしかないじゃん!!!!!